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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)193号 判決

群馬県館林市足次町900番地の4

原告

増田一輔

同訴訟代理人弁護士

高橋早百合

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

高橋邦彦

塩沢克利

井上元廣

関口博

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第7793号事件について平成5年9月16日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「電流スイッチを取付けたシートベルト」と題する考案(以下「本願考案」という。)について、昭和59年12月10日、実用新案登録請求の出願をした(昭和59年実用新案登録願第187121号)ところ、平成3年2月25日、拒絶査定を受けたので、同年4月22日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成3年審判第7793号事件として審理した結果、平成5年9月16日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成5年10月24日、原告に送達した。

2  本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載

「自動車のエンヂン始動時に必要とする電流スイッチを取付けたシートベルト」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和57年実用新案公開第453号公報(以下「引用例」といい、引用例記載の考案を「引用考案」という。)には、原動機始動用電気回路を通電可能にする電路開閉器を設けた、自動車運転席に配設される安全帯が記載されている(別紙図面2参照)。

(3)  両考案を対比すると、引用考案の「自動車運転席に配設される安全帯」は、本願考案の「シートベルト」に相当することから、両者は、共にシートベルトである点で一致する。

これに対し、シートベルトに、本願考案では、自動車のエンヂン始動時に必要とする電流スイッチが取り付けられているのに対して、引用考案では、原動機始動用電気回路を通電可能にする電路開閉器が設けられている点で相違する。

(4)  相違点について検討すると、引用考案の「原動機始動用電気回路を通電可能にする電路開閉器」は、この原動機始動用電気回路を通電状態にしないと、原動機(本願発明のエンヂンに相当する。)を始動できないことから、本願考案の「自動車のエンヂン始動時に必要とする電流スイッチ」と実質的に同一のものであり、相違点に実質的な差異は認められない。

(5)  したがって、本願考案は、引用考案と実質的に同一の考案であると認められるから、実用新案法3条1項3号に該当し、実用新案登録を受けることができない。

なお、原査定の拒絶の理由は、本願考案は引用考案から当業者がきわめて容易に考案することができたものであるというものであるが、これと前記の新規性否定の理由は同一趣旨に帰するものと認められるから、改めて意見書を提出する機会を与える必要を認めない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(2)は認めるが、その余は争う。審決は、本願考案の要旨の認定を誤り、この誤った要旨を前提として引用考案と対比判断をし、両考案は実質的に同一であるとしたものであるから、この同一の判断が誤りであることは明らかであり、また、審決には判断を脱漏した違法があるから、審決は違法として取消しを免れない。

(1)  同一の判断の誤り(取消事由1)

実用新案の保護対象である考案は、実用新案法3条1項柱書のとおり、物品の形状、構造又は組合せに係る考案であるが、本願明細書の実用新案登録請求の範囲の「自動車のエンヂン始動時に必要とする電流スイッチを取付けたシートベルト」との記載は、単に本願考案のシートベルトの作用ないし効果を記載したにすぎず、この記載からは、電流スイッチとエンヂンのスタータースイッチ、バッテリー等との関係は一切不明である。また、上記の記載には、物品の形状の記載がないから、本願考案は物品の形状に係る考案ではないし、電流スイッチの構造、取付箇所の記載もないので、物品の構造に係る考案でもないし、さらに自動車のエンヂンと電流スイッチとをどのように組み合わせるかについても記載がないので、物品の組合せに係る考案ということもできない。このように、前記実用新案登録請求の範囲の記載には、考案の記載として必要な記載がなく不明確であるから、上記記載のみに基づいて本願考案の要旨を認定することは誤りであるというべきである。そこで、昭和60年12月9日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面に基づいて本願考案の要旨を認定すると、以下のようになる。すなわち、

「差込み金具(タングプレート)のバックルのプラスチック製カバーに、支えバネ11、12によりカバーのタングプレートが差し込まれる方向に付勢した押下げ部4を摺動自在に納め、押下げ部4の下側平面部には通電接点板2を固着し、また、バックルのカバーには、スタータースイッチ16に接続された先端を70度に曲げた通電接点板1、及び、スターターモーター20のマグネットスイッチ19に接続された先端を70度に曲げた通電接点板3が、押下げ部4の通電接点板2に臨ませて固着してあり、この通電接点板1、3が、タングプレートの金具止め穴6にバックルのカバー内のロック爪7が係合したときにタングプレートの先端部9によって押し下げられた押下げ部4の通電接点板2と接触して通電するようにしたシートベルト。」と認定されるべきものである。

しかして、引用例には、本願考案のシートベルトのタングプレートの先端部9によって押圧されて摺動し、タングプレートの金具止め穴6にバックルのカバー内のロック爪7が係合したときにバックルのカバーの通電接点板1、3と接触して通電する通電接点板2を備えた押下げ部4に対応する構成は開示されていない。

そうすると、引用考案が本願考案と構成を異にすることは明らかであるから、本願考案が実用新案法3条1項3号に該当するとした審決の判断は誤りであり、違法として取消しを免れない。

(2)  審理不尽の違法(取消事由2)

審決が認定した本願考案の前記要旨によれば、電流スイッチとエンヂンのスタータースイッチ、バッテリー等との関係が一切不明である。したがって、本出願は、本来、実用新案法3条1項柱書ないしは同法5条4項によって拒絶されるべきものである。しかして、上記のような拒絶理由がある出願について、審決のように実用新案法3条2項によって拒絶するためには、審決の理由中において、願書に添付した明細書及び図面の記載を詳細に検討して、どのように補正したとしても引用例との関係から最終的に前記3条2項により拒絶されるべきものであることを論証すべきものであって、かかる論証をすることなく上記条項によって本出願を拒絶した査定を維持した審決には審理を脱漏した違法があり、取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載の事項から、本願考案は、物品である自動車のシートベルトに係るものであって、シートベルトには電流スイッチが取り付けられ、当該電流スイッチは自動車のエンヂン始動時に必要とする電流スイッチである、であることは明確に把握できるものである。

確かに、上記の記載において、バッテリーとスターターとをスタータースイッチを介して接続した電気回路を構成し、スタータースイッチによりスターターに通電してエンヂンを始動させることは当業者において技術上自明の事項であるから、エンヂンの始動に必要とする本願考案におけるスイッチが、かかる電気回路に設けられることは明らかであって、電流スイッチとエンヂンのスタータースイッチ、バッテリー等の関係が特に明示されていなくても、上記のように、本願考案は、実用新案登録請求の範囲の記載からその技術的意義を一義的に明確に把握できるものである。

2  取消事由2について

前項に述べたところから明らかなように、本出願には原告指摘の記載不備等の違法はないから、取消事由2はその前提を欠くものであり、理由がない。

第4  証拠関係

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願考案の概要

いずれも成立に争いのない甲第3号証の1、2(昭和60年12月9日付け手続補正書)によれば、本願考案の概要は、以下のとおりであると認めることができる。

本願考案は、4輪自動車の交通安全対策の1つとして、従来、シートベルトの着用が必ずしも励行されていない実情に照らし、運転者等にシートベルトを着用せしめることにより、交通事故の際における運転者及び同乗者の人身被害の軽減を図ることを技術的課題とし、当事者間に争いのない前記実用新案登録請求の範囲記載の構成を採択したものであり、この結果、シートベルトを完全に着用しないとエンヂンの始動が不可能となるため、シートベルトの着用が励行されるとの作用効果を奏するものである。

3  取消事由について

(1)  取消事由1について

本願考案の実用新案登録請求の範囲に請求の原因2の記載、すなわち、「自動車のエンヂン始動時に必要とする電流スイッチを取付けたシートベルト」との記載があることは、当事者間に争いがない。

〈1〉  ところで、考案の要旨は、まず第1に、実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて把握されるべきものであるから、以下、前記実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて本願考案の要旨を検討する。

上記の記載によれば、本願考案は自動車のシートベルトを対象とし、これに自動車のエンヂン始動時に必要とする「電流スイッチ」を設けたものであることは前記記載自体から明らかである。ところで、一般に、自動車エンヂンの始動は、自動車に備付けのバッテリーから通電される電流をエンヂンのスタータースイッチでエンヂンに供給し、エンヂンを点火して行う構造となっていることは本出願前周知の技術的事項であり、このことは原告においても明らかに争わないところである。以上のような自動車の始動に関する本出願前周知の技術的事項を前提として、前記実用新案登録請求の範囲の記載、殊に「エンヂン始動時に必要とする電流スイッチ」との記載をみると、自動車に備付けのバッテリーとシートベルトに設けられた前記「電流スイッチ」及びスタータースイッチが一つの電気回路を構成するものであること、すなわち、シートベルトに設けられた「電流スイッチ」のオン・オフによってエンヂン始動用電流のオン、オフが可能となる構成を採用したものであることは当業者にとって一義的に明確であるというべきである。

しかしながら、上記の記載によれば、「電流スイッチ」とシートベルトとの関係については、「電流スイッチ」がシートベルト上に設けられることを必須の要件としていることは一義的に明らかであるが、それ以上に「電流スイッチ」のオン・オフとシートベルトの着脱との関係等についての記載はなく、かかる関係については必ずしも一義的に明確とはいい難いものといわざる得ない。したがって、原告主張は、本願考案の要旨を認定するに当たり、考案の詳細な説明を参酌すべきことを指摘する点において正当というべきである。

〈2〉  そこで、進んで、本願考案の詳細な説明を参酌して検討すると、本願考案の技術的課題が自動車のシートベルト着用の確実化を実現しようとした点にあることは、前項に認定したとおりであり、そして、前記甲第3号証の2によれば、本願考案を具体化したものとして、スタータースイッチ(16)と接続された通電接点板(1)、スターターモーターと接続された通電接点板(3)が、シートベルトの着用によって通電接点板(2)を備えた押下げ部(4)が押し下げられることによって通電接点板(2)が上記通電接点板(1)及び(3)と接触して、自動車に備えられたバッテリーからの電流がスターターモーターに流れ、逆にシートベルトの取外しによって上記通電接点板(2)がその余の通電接点板と離脱することによってバッテリーからの電流が遮断される構成(別紙図面1参照)が開示されていることが認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。そして、上記認定の具体例によれば、通電接点板(1)ないし(3)及びシートベルトの着脱と連携した押下げ部(4)が本願考案の「電流スイッチ」を構成することは明らかというべきであるから、これによれば、本願考案の「電流スイッチ」とシートベルトとの関係は、電流スイッチが単にシートベルト上に設置されたというだけでは足りず、シートベルトの着用によってバッテリーからの電流をスターターモーターに接続し、その取外しによって上記電流を遮断するものであることを要するものと解するのが相当であり、この点は、上記のように解して始めて、前記のようなシートベルトの着用の確実化という本願考案の技術的課題の解決が可能となることからも明らかというべきである。

以上によれば、本願考案の「電流スイッチ」とは、シートベルト上に設けられたもので、かつ、シートベルトの着用によってバッテーリーからのエシヂン始動用電流をスターターモーターに接続し、その取外しによって上記電流を遮断することを可能ならしめる構成のスイッチであると解するのが相当というべきである。

しかして、前記認定のように、本願考案の詳細な説明の欄には、通電接点板(1)ないし(3)及び押下げ部(4)からなる電流スイッチが示されており、前記甲第3号証の2を精査しても、この具体例を1実施例とする旨の明示的な記載はないが、「電流スイッチ」の構成やそのシートベルトへの取付方法等について、前記実用新案登録請求の範囲の記載において何らの具体的な限定を付していない事実に照らすと、本願考案の「電流スイッチ」とは、前記のとおりの要請を満たすものであれば足り、さらにその具体的な構成まで原告主張のように限定したものと解することはできないものというべきである。そうすると、これが上記のような通電接点板(1)ないし(3)及び押下げ部(4)からなる前記の構成のものに限定されると解することは相当ではないから、上記の具体例は本願考案の1つの実施例と解すべきものである。

〈3〉  ところで、審決は、本願考案の要旨を前記実用新案登録請求の範囲記載のとおり認定したことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、審決は、原動機始動用電気回路を通電可能にする電路開閉器を設けた、自動車運転席に配設される安全帯と本願考案が同一であるとしていることは前記のとおり当事者間に争いがない(なお、この同一の判断が正当であることは後述するとおりである。)ことからすると、本願考案の技術的意義を前記認定のとおり把握しているものであることは明らかである。したがって、本願考案の要旨の認定に当たり、前記実用新案登録請求の範囲の記載自体から一義的に明確に把握することができるとする被告主張は前記のとおり採用できないが、前記のとおり考案の詳細な説明を参酌して本願考案の技術的意義を把握するならば、上記の審決の認定と一致することは明らかであるから、結局、審決のした本願考案の要旨認定に誤りはないというべきである。

〈4〉  そこで、進んで引用考案について検討すると、引用例に原動機始動用電気回路を通電可能にする電路開閉器を設けた、自動車運転席に配設された安全帯が記載されていることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第5号証(引用考案の実用新案登録願書添付の明細書)の実用新案登録請求の範囲には「自動車運転席に配設せしめた帯側の金具が着脱する受け金具からなる安全帯本体において、上記金具のうち一方側金具に電路開閉器を設け、他方側金具が係合した際原動機始動用電気回路を通電可能にせしめたことを特徴とする安全帯の装着による始動装置。」との記載があることが認められるところ、これと同旨の記載が引用例にあること当事者間に争いがない。

そして、上記の「安全帯」が本願考案における「シートベルト」に相当することは明らかであるから、上記記載によれば、引用例には、シートベルトを着用することによって自動車に具備されたバッテリーからのエンヂン始動用電流をスターターモーターに接続し、その取外しによって上記電流を遮断する構成が示されていることは明らかというべきである。

したがって、以上によれば、上記の両考案が実質的に同一であることは明らかというべきである。

〈5〉  よって、取消事由1は採用できない。

(2)  取消事由2について

原告は、本願考案は実用新案法3条1項柱書の要件を満たさず、また、本願明細書には同法5条4項に規定する事項の記載を欠く違法があると主張するが、本願考案が自動車のシートベルトとエンヂン始動用の電流スイッチを組み合わせ、運転者等のシートベルトの着用の完全を期した考案であることは前項に認定したとおりであるから、これが前記柱書の要件を充足することは明らかであるし、また、本願明細書の考案の詳細な説明を参酌すれば前記のとおり本願考案の技術的意義を明確に把握することが可能であるから、上記明細書に原告主張の記載不備の違法がないことは明らかである。したがって、原告の判断脱漏の主張はその前提を誤るものといわざるを得ないから、その余の点について検討するまでもなく、取消事由2も採用できない。

(3)  以上の次第であるから、審決の認定判断に原告主張の違法はないというべきである。

3  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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